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海洋冒険小説の家

海洋冒険小説の家

(10)・・・それで、家に人がいなかった

    (10)

 父親の明石屋秀五郎は試合に出場するために、準備もかねて昨日から留守にしていた。試合は午の上刻(午前11時)から始まる。医者も時間を気にしながらも、ちゃんと診断をし、薬を処方してくれた。弟も薬を飲んだあと、体が熱いと布団をけりあげてあばれていたのが、薬が効いたのか不思議と静かになり、寝入った。母もやっと安心した顔になって、次郎丸の方を見て、微笑んだ。次郎丸もホッとした表情になった。「藪医者でなくて良かった。いや、藪医師(やぶくすし)言うのやったかな?」次郎丸は心のなかでつぶやいた。
 ポルトガル製の大きな土圭(時計)を見ると巳の下刻(午前十時)になっていた。母は弟・五郎丸の額に手を当て、
 「熱は下がったようやな」
 と言って次郎丸の方を見た。次郎丸の顔にはしびれをきらした男の子の表情が見て取れた。
 「見に行く?」
 「うん、そやけどほんまに大丈夫?」
 「大丈夫や、心配せんどき。はよ、行っといで」
 首をこくんとした。半時(1時間)もあれば材木町にある次郎丸の家から毬技場まで充分だし試合開始には間に合う。
 「それじゃあ行ってくるから」
 藁草履をはいて脱兎のごとく飛び出していった。

 いつもは、人・人・人でごった返している堺の町が、廃墟のように今日は静まりかえっている。どの家も戸をかたく閉めている。暑い日差しで道が白く見えた。南北に長い堺の町のほぼ真ん中を東西に切り裂いた大道筋は、次郎丸の走る足音だけが、ヒタヒタヒタと音を響かせていた。左に菅原神社の森が見えてきた。そこもすぐ越えて、また左に開口(あぐち)神社、住吉神社の頓宮の大きな森が見え、そこも、ひとっとびで過ぎて、濠の橋を渡った。そこから、道は二つに分かれている。いま次郎丸が走ってきた大道筋は紀州街道でもあって、右に続いている。左の道が小栗街道ともいわれる熊野街道である。次郎丸は紀州街道の方へ行き、少し走って右のわき道に入った。折れてぐるっと曲がった道を行くと、そこが毬技場だった。
 道の両側には物売りの店がびっしりと出ており、酒にお茶、饅頭や心太(ところてん)、焼き鳥など、たくさんの食べ物屋があって、売り子の口上がうるさい程とびかっていた。
 京であれば呼び声も、
 「まず、酒召せ、薄濁りもそうろう。琉球の酒も候」
 こういう風に上品に言うのであろうが、ここでは、
 「酒酒酒あるでぇ、琉球のしょうちゅうぅ、南蛮の紅い酒どうじゃあ」
 と、なってしまう。ござに草履、扇に懐紙、日除けの笠など、なんでもあった。人々はそれらの店で買いこんで、試合中に飲み、かつ食べるつもりなのだ。
 饅頭は十個で十五文、薄皮(注1)は二十五文とかなり高かったが、店の前は人だかりがしてよく売れていた。次郎丸はおいしそうないい匂いで腹の虫がグーグーと鳴った。よく考えれば朝からなにも食べていなかった。
 が、無視して父親の秀五郎のいる高い竹竿に紅い吹流しの立っている場所へ急いだ。毬技場の外側には臨時の厠(注2)があちこちにしつらえてあった。毬技場の中に入ると人の熱気が次郎丸を襲った。観客席の草原は、ほぼ人の波で埋まっていた。いったいどのくらいの人がいるのだろう。数千人? いや万を超すくらいはいるかもしれないなと次郎丸は思った。
                 (続く)
[注1=うすかわ、砂糖を使った甘い饅頭]




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